【馬術部】 最終日同点首位も、3年振りの春の戴冠ならず。

 5月7日に三木ホースランドパークにて行われた第43回全関西学生馬術大会・最終日。関学は宿敵・関大と逆転につぐ逆転のデッドヒートを繰り広げる。そして最終競技を終了した時点でポイントは同点に。1980年以来となる史上まれに見る展開となった。結果、1位獲得の競技数で関大が上回ったことから、軍配は関大にあがる。惜しくも関学の3年振りの団体優勝はならなかった。
 ゴールデンウィークは終わり、静かな朝だった。日は昇り、馬たちのいななきが響き渡る。そのなかで若きライダーたちは各々が思いを胸にこの日をむかえた。春学最終日。誰が予想しえただろうか。関西一というたった一つのタイトルを手にするためだけに、これほどのドラマが待っていようとは。
 2日間を終えた時点で上位2校のポイント差はわずか5。もはや団体優勝の争いは2校にしぼられた。ポイントを稼ぎ逃げ切りを図る関学と、十八番の障害馬術で堂々の逆転を狙う関大。最終日の競技はMクラス障害B、そしてLクラス障害Bの二つ。〝再興〟新月の騎士団と〝王朝〟銀河系軍団のかつてない激闘の終止符がいま打たれた。
 朝一番で行われたMクラス障害飛越競技B(以下、MB)。MBはバーの高さ、コースのレイアウトが大会随一を誇り、厳しい戦いとなる。けれども昨年、障害で全国制覇を成し遂げた関大にとっては、得意のフィールド。上位独占で逆転を狙うには絶好の機会だ。それに対し、関学は障害勢の主力を投入しポイント獲得を目指した。
 予想を超えて競技は難度を極めたのか、出場した人馬たちは苦戦を見せる。関大の障害勢も横綱相撲とはかけ離れた落下減点を重ねた。だがそれは関学も同じ。西脇万美子(社3)&月陽がチームトップの減点8走行に終わるのが精一杯だった。「(この高さを)確実に回れる馬匹」がいなかった」と主将・辻本康平(経4)。前日の検査により出場を見合わせた、昨年の同競技の優勝馬・月緑の欠場を悔やんだ。結果、西脇が6位入賞を果たすも関大に逆転を許す。その差は8点となった。
最後の戦いを前に部員全員が思いを1つにする 予想はしていた。だが絶望では無かった。MBでは同大が入賞圏内にからんだことで銀河系軍団の上位独占を阻んだ。その結果が8ポイント差。まだLクラス障害飛越競技B(以下LB)が残っている。昨年関学が表彰台を独占、最後の抵抗を見せた競技でもある。望みは断たれていない。最終競技を前に辻本は部員全員を厩舎に呼び寄せた。厩舎内で主将のゲキが飛ぶ。そして円陣が組まれた。「関学馬術部、絶対勝つぞーッ」
 関学が奇跡の逆転劇を信じるなか、最終競技は始まった。LBは対象とする人馬が限られており、競技レベルはMBなどに比べて低い。そのため順位に当てられるポイントも他に比べて少ない。上位独占は必須だった。関学は是非がとも勝利のために馬匹のエントリーを換えて臨む。一方で関大は昨年の例もあってか銀河系たる騎手たちをこの競技に送りこんだ。馬匹は違えども鞍上は全国クラス。両校のこの競技にかける、そして団体タイトルにかける思いが目に見えて表れた。
 春学最後の戦いで関学は底力を見せる。出場者はほぼ全員が大学から始めたメンバー。まさに「関学の強み」を表す存在。彼らに運命は託された。そのなかで梅崎慎太郎(法4)&月葵が減点0走行。タイムも郡を抜き暫定トップに躍り出る。そして谷畑雄太(経4)&月翼が好走で続き、この時点で上位に名を連ねる。関学はおおいに沸いた。そのまま競技は進む。重ねられる出番の番号。このままいけば、もしやー。この戦いの結末を見届けたいがゆえに静かに、会場は静まっていく。関学の部員たちの表情も次第にこわばってきた。残すは二組。
 ここで大府大の選手が梅崎を上回る走行タイムでゴールする。わき起こる拍手。その傍らで関学勢に緊張が走った。競技が終わり厩舎に引き上げるも、その表情には何も写らない。歓喜でも落胆でもない。何が起こったのか。記録係が大会本部に確認を取り、声をあげる。「同点です」。
 その後に続く台詞を誰もが聞きたくなかった。場の空気はピタリと止まり、そして厩舎内の時間は過ぎていく。それからどれほど経っただろうか。主将が部員たちに呼びかける。「この後もある。切り替えていこう」。全関西学生馬術大会は終われども、同日の午後からは関西学生新人馬術大会がひかえている。溢れ出るであろう涙を見せることなく、部員たちは次へと歩みだした。
 LBを終えた時点で関学・関大両校の得点はともに75。史上まれに見る同点首位。そして1位獲得競技数による関大の優勝。結果〝王朝〟の地位がゆるぐことはなかった。かつてない激闘。それは〝馬場〟で魅了する関学と〝障害〟で飛翔する関大による、いわば簡単な図式だった。お互いが得意とする競技で思いっきりポイントを稼ぐ。障害・馬場ともに総合成績に入る春学だからこそ、同点劇は起きた。「あと順位1つ、あと1つのポイントが取れていれば・・・。悔いは残るよ。けれども、みんなが全力を出した」。試合後、辻本は語った。厩舎に戻ったら泣くよ、という前置きを口にして。今年は昨年以上に下馬評が高くなかった関学。それでも関大にくらいつき同点にまでした。全員で勝ちにいくという〝関学らしさ〟を春学で見せつけた。結果だけでは〝再興〟を断言はできない。だが、この春学で関学はひとつ強くなったことだろう。王朝再建の日は近いー。
笑顔でおどける梅崎。右は谷畑【梅崎 「いい夢見せてもらった」。】
 最終競技LB。「相当のプレッシャーだったよ」。梅崎はそう振り返る。逆転優勝のためには上位独占こそが出場選手たちに託された使命だった。普段以上に、そしてこれまでにない重責のなかで、梅崎は本馬場へ足を運んだ。「例えるなら三振かホームラン。止まるか飛ぶかなんだよ、オレは」と語る男は、みなが期待するなか見事に「ホームラン」を打ってみせた。乗馬は月葵。普段から騎乗する西脇が下乗りし準備を整えた。そのかいあってか、競技自体は落ち着いて臨めたという。結果は減点0走行。タイムトップというおまけもついた。その「ホームラン」は競技が終わる寸前まで彼を輝かせた。悔しくも最後で抜かれてしまったが「いい夢見せてもらった」と吐露した。
 車輌担当として、その腕をうならせる梅崎。「卒業アルバムにはトラックと写る?それもありか」とおどける。彼の魅力は部のトラックによって最大限に引き出されるのかもしれない。いつもは人〝車〟一体の男が、春学の大舞台でこのときばかりはと人馬一体となった。
プレイバック春学

〜[最終回]Last Genealogy of K.G.Dynasty〜

 〝K.G.Dynasty〟が廃り、その座に関大が君臨したのは誰の目にも明らかだった。
記事.jpg けれども関大の1強と呼ぶには言葉に余る。 この年の関西学生馬術界はまさに戦国時代の様を表していた。その名のごとく各大学に実力者が揃っていたのだ。関大の銀河系軍団に始まり、障害で名を馳せる同大の藤熊&藤原、全日本選手権準優勝の甲南大・野島、そして前年の全学覇者〝翔帝〟平原(大体大)。個の力が関西を席巻していた。彼らの飛翔する姿に心躍らせた観衆も少なくない。
 その戦国絵巻が綴られたのが2007年度第42回春学だった。前年の雪辱を果たすべく大会に臨む関学。その王国再建を目指す騎士団を牽引したのが〝三銃士〟、主将・松尾孝司(経卒)、尾崎功章(法卒)、熊倉健司(経卒)の3人であった。なかでも熊倉がMBで関西制覇を成し遂げる。それまでの自身の屈辱を振り払うかのごとく、見せ場を作りタイトルを手にした。エースの快挙に沸く関学。熊倉の個の力は証明してみせた。けれども関大の牙城を崩すまでにはいたらず。前年に引き続きまたしても後背を拝む結果に。思いは後輩たちに受け継がれた。
 
 この年の熊倉が〝関学王朝〟時代にレギュラーとして出場していた唯一の選手。実質的に当時の強さを肌で知っている部員たちはこの年が最後といえる。
 時代は変わる。松田しかり、三木しかり―。今年の春学で活躍した選手たちのほとんどは〝王朝〟時代を体感していない。彼らが新たなる〝王朝〟を築く担い手となることを期待したい。<完>

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Comments (2)
  1. 関西学馬連関係者 より:

    「史上初の同点首位」ではありません。
    1980年に京都産業大学と立命館大学が同点で優勝しています。
    当時は今と違いポイント合計だけで決めていたので、
    2校優勝となったようです。

  2. 関学スポーツHP担当 より:

    ご指摘ありがとうございました。
    誤報により関係者の方々にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。
    直ちに記事を差し替えるとともに、以後このようなことがないよう努めます。これからもご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いします。

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